東京高等裁判所 平成8年(行コ)110号 判決 1997年3月26日
控訴人 北村文子 ほか四七名
被控訴人 埼玉県知事
主文
一 原判決中、控訴人須永智子、同早川セツ、同伊藤洋子、同岩崎純子、同相澤真司の建築基準法施行令第一三一条の二第二項による認定処分の取消しを求める訴えを却下した部分を取り消す。
二 前項の各請求を棄却する。
三 その余の本件控訴をいずれも棄却する。
四 第一項記載の控訴人らと被控訴人との間に生じた訴訟費用は第一、二審とも右控訴人らの負担とし、その余の控訴人らと被控訴人との間に生じた控訴費用は右控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 本件を浦和地方裁判所に差し戻す。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二当事者の主張
次のとおり付加、訂正をするほか、原判決の「事実及び理由」の第二記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の事実摘示の訂正
1 原判決六枚目表四行目の次に、行を改めて次のとおり加える。
「行政処分取消訴訟における原告適格の有無は、当該行政処分によって被った原告たる者の不利益が、裁判上保護に値するものであるか否かにより決すべきである。また、仮に原告適格の有無を法律上保護された利益の有無によって決すべきものと解するとしても、次の諸点からみて、控訴人らは本件各処分の取消訴訟につき原告適格を有する。」
2 同九行目の「この」を「住民の享受する利益に直接関係するこれらの」に、同一〇行目の「第五九の二」を「第五九条の二」にそれぞれ改める。
3 原判決六枚目裏四行目の「密度を」を「密度」に改め、同七行目の「ものである。」の次に「また、」を加え、同一一行目の「収容能力」を「設置状況」に、同七枚目表三行目の「右規定」を「右規定の」にそれぞれ改める。
4 原判決八枚目表三行目の次に、行を改めて「また、日照等の被害が発生している以上、その程度のいかんに関わりなく、その住民は当該建築物が令一三一条の二第二項の規定する要件を具備しているか否かについて裁判所の判断を受ける法律上の利益を有するものというべきである。」を加える。
5 原判決八枚目裏四行目の次に、行を改めて「仮に右控訴人らの被る日照被害が被控訴人主張の程度のものであったとしても、右日照被害は軽微なものということはできない。また、控訴人相沢真司の住居が住宅地域の中で商業地域に隣接する位置にあっても、建築基準法上の地域規制はあくまでもその建物が位置する地域ごとになされるべきものであるから、右事実を考慮に入れるべきではない。」を加え、同九枚目裏六行目の「窓から」の次に「その居宅の内部がベランダ越しに」を加え、同一〇枚目表五行目の「本件許可」を「本件許可処分」に、同一一行目から同裏一行目にかけての「本件建築物と他の建物の」を「本件建築物の使用者と他の建物の使用者との間の」にそれぞれ改める。
6 原判決一二枚目裏三行目から四行目にかけての「桶川駅西口地区地区計画として、桶川市都市計画地区計画が」を「桶川都市計画地区計画の一環として、桶川駅西口地区地区計画が」に、同六行目の「維持し」を「維持しての」に、同一三枚目表一行目の「各戸も」を「各戸についても」にそれぞれ改める。
7 原判決一四枚目裏一一行目の次に、行を改めて「なお、本件都市計画道路は、本件建築物の完成と同じ日である平成七年四月一日、桶川市長により市道第四三六〇号線として認定告示され、道路の区域決定の告示もなされ、右同日に、同日から供用開始する旨の公示がなされた。」を加える。
第三争点に対する判断
一 行政処分取消訴訟における原告適格の意義に関する一般的解釈及び本件許可処分の取消しを求める訴えの利益に関する当裁判所の判断は、原判決のそれと同一であるから、原判決の判示中の当該部分(原判決一五枚目裏九行目冒頭から同一八枚目表一一行目末尾まで)を引用する(ただし、引用部分中、原判決一七枚目裏六行目の「そこで、」の次に「本件許可処分において緩和されることとなった」を加える。)。
二 本件認定処分の取消しを求める訴えについて
(一) いわゆる隣地斜線制限を定める法第五六条第一項第二号の規定の目的は、当該建築物の近隣の土地の上空を地表面に対する一定の角度の範囲内において開放することにより、近隣地の日照、採光、通風を確保することにあると解される。したがって、当該建築物の近隣で生活する者の右のような個別的な利益も、右規定による保護の対象とされているものというべきである。そして、令第一三一条の二第二項の規定により特定行政庁が行う認定処分は、令第一三五条の三第一項第三号の規定と相まって法第五六条第一項第二号の制限を緩和するものであるから、右規定による認定処分の結果として日照等の享受を阻害される近隣住民は、当該認定処分の取消しを求める訴えにつき、訴えの利益を有するものというべきである。そして、この場合において訴えの利益を根拠づけるには、その住民の住居等の日照、採光、通風が当該建築物によって直接阻害されることが立証されることをもって足り、その影響の程度いかんは当該認定処分の違法性の有無という本案の問題に属するものというべきである。
(二) 本件建築物により控訴人らが受ける日照阻害の状況については、原判決一九枚目裏一行目冒頭から同二一枚目表五行目末尾までに認定判示されたとおりであるから、これを引用する(ただし、控訴人ら以外の者に関する部分を除く。また、原判決一九枚目裏七行目の「本件建築物から」の次に「北西に」を加え、同二〇枚目裏三行目の「午前八時」を「午前七時三〇分ごろ」に、同四行目の「二七分間」を「約一時間」に、同八行目の「午前八時」を「午前七時三〇分ごろ」に、同行から九行目にかけての「二六分間」を「約一時間」にそれぞれ改める。)。
右認定事実によれば、控訴人須永智子、同早川セツ、同伊藤洋子、同岩崎純子、同相澤真司は、本件建築物により日照の阻害を受ける者として、本件認定処分の取消訴訟につき訴えの利益を有する者というべきであるが、それ以外の控訴人らについては、それらの者が日照、採光、通風の阻害を受けている旨の主張自体されていない(なお、控訴人らは後記のとおりビル風の発生による被害を主張しているが、右主張は、その内容からみて、控訴人らの住居が通風を阻害されるとの趣旨のものとは認め難い。)。そして、控訴人らの主張する公園利用権の侵害、文化的環境の破壊、ビル風の発生、交通渋滞、眺望阻害、プライバシーの侵害が本件認定処分の取消しを求める訴えに関する法律上の利益に当たらないことについては、原判決二二枚目表二行目冒頭から同裏四行目末尾までに判示されたとおりであるから、この部分の判示を引用する。そうすると、前記五名の控訴人ら以外の控訴人らについては右処分の取消訴訟について訴えの利益を認めることができない。
(三) そこで、前記須永智子以下五名の控訴人の請求の当否について判断する。
これらの者が本件建築物によって受ける日照阻害の程度は前記のとおりであるところ、<証拠略>によれば、本件建築物の高さは七五・五メートル、その本件都市計画道路側の隣地境界線までの距離は約五・〇八メートルであることが認められ、これらと右控訴人らの住居と本件建築物との位置関係からみて、本件認定処分の結果生ずる日照被害の増大は、皆無か、仮にあるとしても僅少のものと認められるのみならず、そもそも本件建築物により右控訴人らに生ずる日照阻害の総体自体も、社会生活上受忍すべき限度を出ないものというべきである。また、前記のようなこれら控訴人らの住居と本件建築物との位置関係及び本件認定処分による規制緩和の内容からすると、右処分によってこれらの者が法的保護に値するような採光、通風上の被害を受けるとは到底考えられない。
したがって、前記五名の控訴人の請求は理由がない。
第四結論
以上によれば、控訴人らの本件許可処分の取消しを求める訴えはいずれも却下さるべきであり、また、前記須永智子ら五名を除く控訴人らの本件認定処分の取消しを求める訴えについても同様であって、その限度では原判決は相当であるが、右五名の本件認定処分取消請求についてはこれを適法とした上で棄却すべきもので、訴えを却下すべきではない。そこで、右の限度で原判決は取消しを免れないが、これら五名の控訴人らの請求の当否については、原審で実質的には審理・判断が行われており、ただ、それが本案前の問題に属するか本案の問題に属するかの点で当裁判所と判断を異にしたに過ぎないことが明らかであるから、事件を原審に差し戻して改めて審理させる必要はなく、当審で直ちに請求を棄却するのが相当である。
よって、原判決中本件認定処分に係る前記五名の控訴人らの訴えを却下した部分を取り消した上、当該訴えに係る請求を棄却し、その余の本件控訴を棄却することとして主文のとおり判決する。
(裁判官 加茂紀久男 北山元章 林道春)
【参考】第一審(浦和地裁 平成五年(行ウ)第一九号 平成八年八月五日判決)
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告が住宅・都市整備公団に対し別紙物件目録記載の建築物についてした平成四年一一月一三日付けの建築基準法第五九条の二第一項による許可処分を取り消す。
二 被告が公団に対し右建築物についてした平成四年一一月一三日付けの建築基準法施行令第一三一条の二第二項による認定処分を取り消す。
第二事案の概要
一 本件は、被告が住宅・都市整備公団(以下、「公団」という。)に対して、桶川駅西口地区に建設する二五階建の高層住宅である別紙物件目録記載の建築物(以下、「本件建築物」という。)についてした公開空地等により容積率制限等を緩和する許可処分及び道路斜線制限を緩和する認定処分について、原告らが、右各処分により、日影、プライバシー侵害等の被害を受けるから右各処分はいずれも所定の要件を欠く違法があるとして、その取消しを求めるものである。
二 本件に関する法制
1 建築基準法(以下、「法」という。)第五二条第一項は、建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合(以下、「容積率」という。)による建築物の規模の制限を用途地域に応じて定めており、商業地域内の建築物の容積率は、同項第四号に掲げられ、当該地域に関する都市計画において定められた割合以下でなければならないと規定されている。
2 法第五九条の二第一項は、いわゆる総合設計制度を定め、その敷地内に政令で定める空地を有し、かつ、その敷地面積が政令で定める規模以上である建築物で、特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がなく、かつ、その建築面積の敷地面積に対する割合、延べ面積の敷地面積に対する割合及び各部分の高さについて総合的な配慮がなされていることにより市街地の環境の整備改善に資すると認めて許可したものについては、その許可の範囲内において容積率の制限等を超えることができるものと定めている。
3 法第五六条第一項第一号は、建築物の各部分の高さを前面道路の反対側の境界線までの水平距離に一定の数値を乗じて得た数値以下にすることにより、一定のこう配の斜線の内側になるように制限する旨規定し(以下、「道路斜線制限」という。)、同項第二号は、建築物の各部分の高さにつき、隣地境界線までの水平距離に一定の距離を加えたものに一定の数値を乗じ、これに一定の距離数を加えた数値以下にすることにより、一定のこう配の斜線の内側になるように制限する旨規定し(以下、「隣地斜線制限」という。)、いずれも建築物の各部分に対する高さの制限を定めている。
4 建築基準法施行令(以下、「令」という。)第一三一条の二第二項は、当該建築物の敷地が都市計画において定められた計画道路(ただし、法第四二条第一項第四号に該当するものを除く。)に接する場合等において、特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないと認める建築物については、当該計画道路を前面道路とみなす旨定め、令第一三五条の三第一項第三号は、右規定により計画道路を前面道路とみなす場合においては、その計画道路内の隣地境界線はないものとみなす旨定めている。
三 争いのない事実
1 原告らは、いずれも桶川市に居住し、一部本件建築物の北側及び東側に居住して冬至時において日影の影響を受ける者がいるほか、その大多数は本件建築物の北西に位置する公団住宅パークタウン若宮に居住している者である。
2 本件建築物は、地上二五階建の共同住宅であり、商業地域に所在する。その建設計画がなされた当時、右敷地の西北側及び南東側の境界線は市道と接し、西南側の境界線は市の所有地と、東側の境界線は民有地と、東北側の境界線は都市計画道路若宮中央通り線(以下、「本件都市計画道路」という。)と接していた。
3 公団は、本件建築物の建設に当たり、その基準容積率である四〇〇パーセントに公開空地の面積に応じた割増分として一〇八・五五パーセントを加え、合計五〇八・五五パーセントの容積率とするため、平成四年七月三日、被告に対し、法第五九条の二第一項による許可処分の申請をしたところ、被告は、同年一一月一三日付けで右許可をした(以下、「本件許可処分」という。)。
4 また、公団は、本件都市計画道路を本件建築物の前面道路とみなして隣地斜線制限の適用を緩和するため、平成四年八月二五日、被告に対し、令第一三一条の二第二項による認定処分の申請をしたところ、被告は、同年一一月一三日付けで右認定をした(以下、「本件認定処分」といい、本件許可処分と合わせて「本件各処分」という。)。
5 原告らは、平成四年一一月二七日及び平成五年一月八日、埼玉県建築審査会に対し、本件各処分の取消しを求める審査請求をしたが、右各請求の日から三か月を経過しても、同審査会はこれに対する裁決をしなかった。
四 争点
1 原告らは、本件各処分の取消しを求める法律上の利益を有するか否か。
2 本件各処分の適法性。
五 争点についての原告らの主張
1 争点1について
(一) 法第五二条は、その目的が市街地の密度を規制することにあるところ、住宅地の密度は、建築学上、住宅の日照、採光、防火、通風、プライバシー、景観等の諸条件によって決まるから、法律で密度規制を行うことは、すなわち、この諸条件を設定することに他ならない。ところで、法第五九の二の趣旨は、いわゆる総合設計制度について規定し、敷地内に一定以上の空き地を有し、かつその敷地面積の規模が一定以上である建築物で、市街地の整備改善に資する良好な建築計画を有するものの建築を促進させようとするものであるが、要するに、法第五二条が定める右のような密度を規制を緩和するものであって、日照、採光、防火、通風、プライバシー、景観の重大な不利益変更を定めるものである。法第五九条の二によれば、これによる許可につき、「交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がない」との要件が定められているところ、右要件のうち、交通上とは、自動車道等の交通量や駐車施設の収容能力の問題を意味し、安全上とは建築物の構造耐力の問題を、防火上とは火災時の避難、消火活動等の問題を、衛生上とは日照、通風、採光等の問題を、それぞれ意味する。そこで、右規定前記のような趣旨に照らすと、交通上等の右各支障の有無は、当該建物自体についてだけではなく、周辺地域や周辺土地、建物との関係において個別具体的に判定すべきであって、すなわち、右規定は、当該建築物の周辺に居住する住民の交通上、安全上、防火上及び衛生上の個別具体的な利益をも保護するものというべきである。
(二) 令第一三一条の二第二項は、同規定による認定につき、「交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がない」との要件を定めているところ、右要件の意味は右(一)と同様であるから、同項は、当該建物の周辺住民が個別具体的に有する利益を保護するものである。
なお、右規定は法第五六条第一項第二号が定める隣地斜線制限を緩和するものであるところ、同条項第二号は、隣接地の上空を地上から一定の角度で開放することによって、当該建物周辺の日照、採光等を確保することを目的としたものである。そして、このように上空が開放されることによって日照、採光等が確保されるのは隣接地に限られないから、同号によって日照、採光等の保護を受ける住民は、当該建築物の隣接地に居住する者に限定されず、隣地斜線制限が順守されないことによって実質的に被害を受ける周辺居住者も含まれる。
(三) 原告らは、本件建築物の建設によって、次のとおり個別具体的な利益の侵害を受ける。
(1) 日照権の侵害
冬至期における日照被害は、次のとおりである。
<1> 原告岩崎純子及び同岩崎博は、午前八時ころから約三時間。
<2> 原告早川セツ及び同伊藤洋子は、午前八時三〇分から午前一〇時三〇分までの約二時間。
<3> 原告須永智子は、午前一〇時から午前一〇時三〇分まで三〇分間。
<4> 原告相沢真司は、午後一時四九分から午後四時ころの日没までの約二時間。
(2) 公園利用の利益の侵害
本件建築物の北側に、桶川駅西口通り線を挟んで一・五ヘクタールの桶川駅西口公園が開設されている。同公園は桶川駅西口の中核となる都市施設として、都市計画法に基づく都市計画により昭和五七年一〇月初めから策定された公園であり、桶川市の市街化区域内にある唯一の都市公園である。同公園は、原告らを含む桶川市民が早朝から散歩する等して緑と太陽の恵みを享受しながら憩う場であり、とりわけパークタウン若宮に居住する原告らにとっては、貴重な環境資産である。ところが、本件建築物の建設によって同公園の日当たりが悪くなるばかりか、本件建築物及びその周辺建物によって生じるビル風の影響で埃の舞い上がりが激しくなり、また、本件建築物が超高層建物であるため威圧感と圧迫感を与えるとともに眺望と景観が害されるのであって、原告らの右公園を利用する権利は、右のとおり侵害されるものである。
その他、本件建築物により、原告らの利用する桶川駅西口地区において、その文化的環境が破壊されるほか、ビル風、交通渋滞、眺望阻害等の弊害が生じ、また、原告らの大多数を占める本件建築物の北側に位置するパークタウン若宮に居住する者については、本件建築物の窓から丸見えとなり、プライバシーの侵害を受ける。
以上のとおり、原告らはいずれも本件各処分の取消しを求める法律上の利益を有する。
2 争点2について
(一) 本件建築物は、法第五九条の二第一項及び令第一三一条の二に定める交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないという要件を欠く。
本件各処分がなされた当時、本件都市計画道路は事業決定されておらず、将来的な完成の目途もたたず、通行も不可能な状態であった。ところが、本件許可によれば、本件建築物の駐車場の出入口は本件都市計画道路に面して設置されたので、実際にこの道路が完成するまでの間、極めて長期間にわたり、交通安全、火災時の避難、消火活動等に支障が生じることは明らかである。なお、右駐車場は、本件建築物以外の建物と共同で使用されるにもかかわらず、本件建築物と他の建物の使用面積の分配すら明らかでなかったため、本件建築物の入居者に対して十分な数の駐車場を確保できるのかも不明であった。
次に、本件建築物は、その周辺地域に風害を生じさせる。公団は、本件許可の申請にあたり、いわゆるビル風による風害について風洞実験を行い、本件建築物の建設により生じる風環境はランク2に該当するので特に問題はない旨説明していた。しかし、右風洞実験に基づく環境評価には、左記のとおり重大な疑義がある。
(1) 公団は、平成四年六月六日には、周辺住民に対し、風洞実験の結果ランク3の風環境に該当する箇所があると説明しておきながら、同年九月二〇日、再度実験を行った結果ランク3に該当する箇所はなくなったと説明を変更したが、この間の経緯は不明であり、合理的な説明がなされていない。
(2) 風の性質は地域や地形による差が大きいので、風害の評価においてはこのような個別差について十分に検証する必要があるのに、右風洞実験においては、桶川市内のデータではなく大宮市内のそれを採用しているばかりでなく、大宮市と本件建築物周辺とを比較して風環境に差がないとする根拠を明らかにしないまま環境評価を行っている。
(3) 本件建築物建設に伴うビル風等の環境評価は、その性質上公正な第三者によって行われるべきであるのに、前記風洞実験を行ったのは、本件建築物の建築設計及び施工を担当し、右建設につき利害関係を有する前田建設工業株式会社であるから、前記環境評価は公正に行われたとはいえない。
(二) 本件建築物は、法第五九条の二第一項に定める市街地環境の整備改善に資するものであるという要件を欠く。
(1) 本件敷地は、当初、桶川駅西口地区の開発の一環として、公衆の利用できる都市施設等の用地として用いる予定であったのに、桶川駅西口地区開発事業に関する基本構想及び基本計画の一部の変更により、公団が実施する住宅及び商業・業務施設の建設用地として用いられることとなった。本件建築物は、右経緯により共同住宅として建設されることとなったものであるが、その利用は特定個人に限られ、一般市民の利便のための都市施設として使用することはできないのであるから、市街地環境の保全に資するとはいえない。
本件建築物は、そもそも総合設計の必要性がない地域に計画されたものであり、その周辺地域において、日照被害、風害、交通渋滞等の害を生じさせる。また、本件建築物の周辺は、桶川駅西口地区地区計画として、桶川市都市計画地区計画が決定されており、右地区計画によれば、健全な商業・業務地区としての育成と良好な環境を維持し美しい街作りを目標としており、土地利用の方針として、用途は商業地域とし良好な商業・業務地の育成に努めること、建築物の整備の方針として、用途の混在による環境悪化の防止を揚げている。
ところが、本件建築物は、商業・業務地区に大規模な賃貸住宅を建築するものであり、しかも各戸も小規模な規格のものを中心とするから、用途の混在により環境を悪化させるものである。しかも、本件建築物の外観も、周辺地域の街並みとは著しく調和を欠くものである。
六 被告の主張(争点1について)
1 法第五二条第一項に定める容積率による制限は、建築延べ面積の敷地面積に対する割合を制限することにより、道路、公園、上下水道等の都市施設の供給能力、処理能力との均衡を図り、もって市街地環境の悪化を防止することを主眼とした公益を目的としたものであり、近隣住民の個別具体的な権利を保護することを目的としたものではない。
また、法は個別に、<1> 日照については、法第五六条の二で直接規定しているほか、法第五五条、第五六条等に関連規定を設けており、<2> 採光については、法第二八条、令第一九条、第二〇条に具体的な規定を設け、<3>防災については、法第三五条、第三六条、令第四、五章等に具体的規定を設けている。そうすると、これらの規定によって個人の日照、採光、防災等の具体的利益は十分保護されているから、法第五二条第一項及び第五九条の二が更に重ねてこれらの具体的保護を目的としていると解することはできない。
なお、通風、プライバシー、景観等の利益は、そもそも法が保護の対象としている利益ではなく、また、桶川駅西口公園を利用する利益は、原告ら固有の具体的権利ではなく、市民の一員として利用することができる反射的利益にすぎない。
2 法第五六条第一項に定める斜線制限は、道路、隣接地等の上空を地上から一定の角度で開放することによって、道路、隣接地等の日照、採光等の環境を確保することを目的としており、公共の利益を保護するものである。
仮に右規定が隣接地の住民の日照、採光等の確保等の個別具体的利益を保護しているとしても、隣接地以外に居住する者の日照、採光等の利益は、法第五六条の二によって既に保護されているので、法第五六条第一項による保護の対象にはならない。そして、原告らは、いずれも、本件敷地の隣接地に居住していないから、その日照、採光等の利益は同項によって保護されるものではない。そうすると、令第一三一条の二第二項は、法第五六条第四項に基づく斜線制限の規定の適用についての緩和に関する措置として定められたものであるから、原告らは、本件認定処分の取消しを求める法律上の利益を有しないものである。
3 また、仮に本件敷地の隣接地以外に居住する者の日照権が法第五六条第一項の保護の対象になるとしても、原告岩崎純子、同岩崎博、同早川セツ、同伊藤洋子、同須永智子、同相沢真司以外の原告らは、本件建築物の建設によってなんらの日照被害を受けず、また右原告岩崎らの被る日照阻害は、いずれも左記のとおり軽微であって、法の許容範囲内にあるから、行訴法第九条にいう法律上の利益に当たらない。
(一) 原告岩崎純子及び同岩崎博は、午前八時二二分から午前九時三二分、及び午後三時五六分から午後四時まで、合計一時間一四分間。
(二) 原告早川セツ及び同伊藤洋子は、午前八時から午前八時二七分までの二七分間。
(三) 原告須永智子は、午前八時から午前八時二六分までの二六分間。
(四) 原告相沢真司は、午後二時五分から午後四時までの一時間五五分間。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 行政処分取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者、すなわち当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者に限り提起することができるところ、その主張する利益が右の法律上保護された利益に当たるのは、当該処分の根拠となる行政法規が、専ら公益の保護を目的とし不特定多数者の具体的利益を一般的公益の中に吸収解消させるにとどまらず、個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むものと解される場合である。
2 本件許可処分の取消しを求める訴えの利益について
法第五九条の二第一項が定めるいわゆる総合設計制度は、都市再開発法による再開発事業や特定街区制度等によって良好な都市環境を実現しようとすると、多数の権利者の協力を得る必要があるなど、実際には困難が伴うことが少なくないことから、一定規模以上の空地を有する建築物の計画については、特定行政庁の許可を要件として、容積率、斜線制限及び絶対的高さの制限を緩和することとしたものであって、その趣旨は、適切な規模の敷地における土地の有効利用を推進し、併せて敷地内に日常一般に解放された空地を確保させるとともに、良好な市街地住宅の供給の促進等良好な建築物の誘導を図り、もって市街地環境の整備改善に資することを目的とするものである。したがって、法第五九条の二第一項の規定そのものは、一般的公益の保護を目的とするものであると解される。それ故、右規定が特定行政庁が許可するについて、交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないと認められることを要件としているのも、主として自動車等の交通処理、火災時の避難、消火活動等の市街地環境の保全において支障がないことを意味しているのであって、住民の個別的利益を保護することまでも目的とする趣旨ではない。
もっとも、右規定による緩和の対象となる容積率等の制限を定める規定が一般的公益ばかりでなく、住民の個別的利益の保護を目的としていると解される場合には、法第五九条の二第一項によりその制限を緩和されることにより、引いて原則規定が保護する住民の個別的利益が侵害を受けることがあり得るから、このような場合には、当該住民は、法第五九条の二第一項による許可の取消しを求める訴えにつき、訴えの利益を有するものということができる。
そこで、容積率の制限を定める法第五二条につき検討すると、同条が定める容積率規制の目的は、建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合を土地利用の形態に応じて制限することによって、適当な都市空間を確保し市街地の過密化を避け、道路、公園、上下水道等の都市施設の供給・処理能力と市街地の高度利用の要請との均衡を図り、交通渋滞、水不足等の都市問題の発生を防ぐことにあると解される。そこで、右規制により都市空間が確保される結果、当該建築物の近隣に居住する者が日照、採光、通風等の利益を受けることが可能となるとしても、これらの利益はいずれも右公益の保護の結果として生じる反射的利益であるにとどまり、法第五二条により保護される個別的利益ということはできない。
そうすると、本件許可処分は、法第五二条による容積率を緩和するものであるから、原告らは、本件許可処分の取消しを求める訴えにつき、訴えの利益を有しないといわなければならない。
3 本件認定処分の取消しを求める訴えの利益について
(一) 斜線制限を定める法第五六条第一項第二号の規定の目的は、当該建築物の敷地に隣接する土地の上空を地上から一定の角度で開放することにより、近隣地の日照、採光及び通風を確保することにあると解され、したがって、当該建築物の近隣に居住する者の右のような個別的利益も右規定の保護の対象とされているものということができる。そうすると、第一三一条の二第二項は、令第一三五条の三第一項第三号と相まって法第五六条第一項第二号の制限を緩和するものであるから、当該建築物の近隣住民は、令第一三一条の二第二項による認定処分により、その日照を享受する利益が侵害される場合においては、右認定処分の取消しを求める訴えにつき、訴えの利益を有するものというべきである。もっとも、日照を享受する利益は、絶対的なものではなく、地域的状況、建物相互の関係等から、一定程度の侵害を相互に受忍しなければならない性質のものであるから、右認定処分の取消しの訴えにおいても、近隣住民は、その日照を享受する利益の侵害が受忍限度を越えるに至ったときに初めて右認定処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するものというべきである。
(二) <証拠略>によれば、次の事実が認められる。
(1) 原告岩崎純子、同岩崎博、同早川セツ、同伊藤洋子及び同須永智子の居宅は、いずれも公団住宅パークタウン若宮内にあって、本件建築物から一五〇メートル以上離れた位置にある。原告相沢真司の居宅は、本件建築物の北東側にあり、本件建築物から五十数メートルに位置している。なお同原告の居宅は、住居地域に存在するが、商業地域に隣接している。
(2) 原告岩崎純子及び同岩崎博の居宅の南側一階ベランダの中間点において、本件建築物の建設前に日影が生じた時間は、冬至において午後三時五六分から午後四時までの四分間であったが、本件建築物の建設後の冬至におけるそれは午前八時二二分から午前九時三二分までの一時間一〇分及び午後三時五六分から午後四時までの四分間の合計一時間一四分である。したがって、右地点において本件建築物の影響により日影が生じるのは、午前八時二二分から午前九時三二分までの一時間一〇分である。
(3) 原告早川セツ及び同伊藤洋子の居宅のベランダの中間点において、本件建築物の建設前に日影が生じる時間は冬至においてもなかったが、本件建築物の建設後の冬至におけるそれは午前八時から午前八時二七分までの二七分間である。
(4) 原告須永智子の居宅のベランダの中間点において、本件建築物の建設前に日影が生じる時間は冬至においてもなかったが、本件建築物の建設後の冬至におけるそれは午前八時から午前八時二六分までの二六分間である。
(5) 原告相沢真司の居宅の南西側の中間点(地盤面)において、本件建築物の建設前に日影が生じる時間は冬至においてもなかったが、本件建築物の建設後の冬至におけるそれは午後二時五分から午後四時までの一時間五五分である。
(6) 右(2)ないし(5)のいずれの地点においても、夏至には、本件建築物により日影が生じる時間は全くない。
(三) 前記争いのない事実及び右認定の事実によれば、原告岩崎純子、同岩崎博、同早川セツ、同伊藤洋子及び同須永智子が本件建築物の建設によって日照及び採光が阻害される時間は僅かであり、原告相沢真司については、冬至において午前八時から午後二時五分まで六時間五分の間日照及び採光が確保されているのみならず、夏至において本件建築物により日照及び採光の阻害を受けることがなく、また、本件建築物は商業地域に位置し、原告相沢真司の居宅も住宅地域内にあるものの、右商業地域に隣接しているから、これら事実に基づけば、右原告岩崎純子ら六名が本件建築物の建築によって被る日照及び採光の阻害の程度は、まだ受忍限度内であるというべきである。したがって、右原告らは、本件認定処分によりその法律上の利益の侵害を受けるものと認めることはできない。
なお、右原告岩崎純子ら六名以外の原告らは、そもそも本件建築物によって日照及び採光の被害を被る旨の主張をしていないものである。
4 原告らは、以上のほかに、本件建築物により公園利用権の侵害、文化的環境の破壊、ビル風の発生、交通渋滞、眺望阻害及びプライバシーの侵害が生ずるから、その法律上の利益が侵害されたと主張する。しかしながら、公園や道路を利用する利益は、公物が一般公衆の用に供されていることによる反射的利益であり、また、原告らが主張するような文化的環境、風環境、眺望に関する利益は、地域住民に共通な一般的利益の域をでないから、これらの侵害を受けたことを理由として、原告らが本件各処分の取消しを求める訴えにつき法律上の利益を有すると解することはできない。なお、本件建築物とパークタウン若宮との前記のような距離に照らすと、パークタウン若宮に居住する原告らのプライバシーが本件建築物によって侵害されるものと認めることはできない。
二 よって、原告らの本訴は、いずれも原告適格を欠く不適法なものであるから、その余の点を判断するまでもなく、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大喜多啓光 小島浩 笠松知恵子)